銃・病原菌・鉄(上)

今回はジャレドダイアモンドの代表作を紹介する。ジャレドダイアモンドについては。何冊か読んでいて、本質的なことを簡単な言葉で表すことができる凄い人だなと思っていた。銃・病原菌・鉄に関してもKindleで買ってあったのだが、そのボリュームからなかなか腰を据えて読むことが出来ず、読み始めてもまた中断するという事が続いた。結局、購入から2年近くかかったと思う。読み始めるまでに1年半かかり、読み始めてから半年だ。それだけの期間かけてようやく(上)だけ読み終わることができたので、ここに感想を書く。

 

 

文明の始まりやすさって何?

まず、農耕民族と狩猟採集民族が戦争になったとき、どちらが強いと思うか。狩猟採集民族の方が野性的で、体つきも良さそうだが、実は圧倒的に農耕民族の方が強い。なぜか。それは狩猟採集民族は、職業分担できるからだ。例えば1人で1反の米を耕し、米を収穫したら、8-9俵の米ができる。1人が年間で食べる米の量が1俵だから、7-8人は他のことができるという事だ。工作器具を作る人ができるし、そうしたら農耕の効率もぐっと上がる。工作器具の延長線上で武器も作れるし。職業軍人だって持つことができる。僧侶だって持つことができるかもしれない。さらに農耕で得た食料は貯蔵できるので、毎日その日の食料を探し回らなくてもよい。これに対し、狩猟採集民族ではこうはいかない。みんな総出でその日食べるものを探しに行かなければならないのだ。工作器具だけ作っていても、その日にとれた動物の肉は分けてもらう事は出来ない。(絶対的な量が圧倒的に違う)よって農耕民族に移行する事が。もっともはやく始まることができる。言い方を変えれば農耕により“ヒマ”を得た人たちが文明を発展させていくのだ。

 

 

栽培化する事

人間が農耕民族化し、栽培化に成功した農作物が増えていく。すべての植物のうち、栽培化された植物と栽培化されなかった植物、その違いは何なのか。

例えば米。本来なら新しい苗木として子孫を反映させるために袋がはじけて中の米をまき散らす。だが種子をまき散らさずに最後まで袋がはじけなかったものを収穫して、次の年にもその苗を育てれば、袋がはじけない米が出来上がる。最初は自然発生的に遺伝子の異常で袋がはじけなかっただけの米が子孫を残すことができる。それ以外は淘汰される。そうして、最後まで袋がはじけない個体が出る確率が増えていく。

ここで面白いのは、人間が栽培化するまでは全く逆で、袋がはじけないものは一切生き残ることができなかった。盛大にはじけて米(種子)を落とすことができたものだけが、子孫を残すことができたのだ。これが野生の植物と、栽培化された植物との違いだ。

同様の理由で、収穫時期もだんだんと狭まってくる。最初はばらばらの時期に収穫していたのが、同じ時期にのみ収穫して、それを植えることで、毎回同じ時期に刈り取れるようになる。

 

 

家畜化する事

実際、世の中には多くの動物がいるが、家畜化された動物は多くない。馬は家畜化され、なぜシマウマは家畜にならなかったのだろうか。

この問いに対してジャレドダイアモンドは、結果論で答えている。実際に人間はいろいろな動物を家畜化しようとしてきた。しかし成功したのは、これだけだったという事だ。今、人間が家畜化に成功している動物を見るといくつかの共通点が見えてくる。例えば餌に偏りがない事。また、繁殖のための交尾に神経質になったり特別な儀式が必要でない事。早く成長して、人間が(乳や肉を)食べれるようになること。気性が穏やかである事。などだ。こうやって絞っていくと、当てはまる動物は思ったほど多くない。

さらに人間は動物を家畜化することで、病原菌に強くなった。動物を起源としたウイルスの発生により、最初は多くの人が犠牲になるが、のちに生き残った人間には抗体がつく。抗体ができた民族が家畜をつれて、抗体ができていない民族に出会ったらどうなるか。これが、本書「銃・病原菌・鉄」の一つの理由である。

 

以上が上巻を読んでの感想だ。実際かなりのボリュームがあり、読んでいる最中は知の洪水を浴びている錯覚に陥る。(上)だけでもお腹いっぱいだが、(下)も購入済みである。さて次はいつ(下)を読み始めるか。

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元シンガポール在住のエンジニア。趣味は旅行と、本を読むことと、走ることと、ヨガと、サーフィンと、音楽を聞くことと、カメラと。。。何かに依存せずに自分を持っている人を尊敬します。