スティル・ライフ

今日はものすごい本を紹介します。今まで多く本を読んできましたが、そのなかでもこれは凄すぎる本です。これは特に理系男子には中毒性のある本で、私自身、期間をあけて数回読んでます。文系男子でも共感する人は多いと思います。また、自分の事を分かってほしい時に出したりする本でもあるし、何故か旅先で読みたい本でもあります。今日はそんなとっておきの本を紹介します。

文庫版にはスティル・ライフと、ヤー・チャイカの短編2作が収録されていますが、今回はスティル・ライフだけ紹介します。

 

印象的すぎる物語の冒頭

小説家は、一行目を書くのが一番難しいらしく、開高健氏などは、その一行を書くために酒飲みながら何ヶ月も街をブラブラするそうです。この小説は、その!!まさにその、一行目がすごいんです。

 

この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない
世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。
でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
たとえば、星を見るとかして。

 

この書き始めは何度読んでも「すごいな」と思ってしまいます。ものすごく哲学的な事を言っているのだけど、ものすごく詩的で、分かりやすく感覚としてスッと入ってくる。それがこの本のすごい所だと思います。
世界の中での自分の位置を考えたとき、ただ単純に「自分はちっぽけ」だなと思うことはよくある事ですし、誰でも感じたことはあると思います。世界は広大で、すべてを知ろうと思う気持ちはあっても、それは恐らく叶わない。ではどうやって接していけばいいのかという事をこの冒頭の言葉は、簡潔に述べています。(とわたしは思います。)他にも人によって読み方はあると思います。それだけこの冒頭の文章は力がある文章だと思います。

 

 

佐々井のキャラ設定がすごい

この小説の主人公は「ぼく」ですが、佐々井というキャラクターができてます。この佐々井がものすごく魅力的なキャラクターに仕上げられています。この佐々井のあるセリフを紹介します。

 

星の話だ。
僕たちはバーの高い椅子に坐っていた。それぞれの前にはウィスキーと水のグラスがあった。
彼は手に持った水のグラスの中をじっと見ていた。水の中の何かを見ていたのではなく、グラスの向こうを透かして見ていたのでもない。透明な水そのものを見ているようだった。
「何を見ている?」と僕は聞いた。
「ひょっとしてチェレンコフ光が見えないかと思って」
「何?」
「チェレンコフ光。宇宙から降ってくる微粒子がこの水の原子核とうまく衝突すると、光が出る。それが見えないかと思って」
「見えることがあるのかい?」
「水の量が少ないからね。たぶん一万年に一度くらいの確立。それにこの店の中は明るすぎる。光っても見えないだろう」

 

どうですかこの世界観?この黄昏感、半端ないです!!
男はたまに壮大な事を考えます。宇宙の事、何億年前の事、なぜ今自分がここにいるかという事。だけどそれを口に出していう人はあまりいません。言えばおかしいんじゃないの?と思われます。それをこの佐々井はサラリと言ってしまうのです。その無垢さがものすごく魅力なキャラクターなのです。

 

 

本書を通して、作者は何を言いたかったか

物語の前半で佐々井は、魅力的に、ミステリアスに描かれます。それに対し物語の後半では株の売買という現実的な仕事をします。そしてその仕事が終わった段階で佐々井は消えます。最初に引用した文で挙げられた事がまさにこのストーリーになっていて、世界と自分、宇宙的な自分と現実の自分、それらの二つをどう捉えるか、それこそが作者の言いたいことで、その全てが文中にあります。

本書はたった89ページという短いページの中にものすごく大きな世界観を納めています。作者の言いたいことはいくつかあると思いますが、この本は、読み側がいろいろな受け方が出来る本だと思います。池澤夏樹が詩人であるからこそ、このような特異な物語に仕上がったのだと思います。読んだ人同士で語れば、当然新しい読み方も出てくると思います。是非、語りたい本でもあります。

 

以上、如何でしたでしょうか?今回は池澤夏樹のスティル・ライフを紹介しました。一緒に収録されているヤー・チャイカは難解な小説で、自分自身消化しきれていないのですが、こちらも魅力的な小説なので、いずれ紹介したいと思います。

残念な事に本書はKindleでは発売されていません。ですがこのような素晴らしい本は紙媒体で持っていてもよいと思います。未読の方は是非読んでみてください。

 

<追記>なんと、impala e-booksとして発売されておりました。是非チェックしてください。

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

元シンガポール在住のエンジニア。趣味は旅行と、本を読むことと、走ることと、ヨガと、サーフィンと、音楽を聞くことと、カメラと。。。何かに依存せずに自分を持っている人を尊敬します。