議院内閣制 変貌する英国モデル

今回、友人の勧めで小難しい中公新書を読むことになってしまった。タイトルはなんと「議院内閣制 変貌する英国モデル」。絶対に自分では手に取らないタイトルだ。政治についてはこれまであまり興味もなく、勉強したこともなかった私だが、今回この本を読んだので、覚え書き程度に書評を書きたい。読まれる方は、そのつもりで読んでほしい。

 

 

議院内閣制と大統領制の違い

タイトルの通り、この本は議院内閣制について書いている。

議院内閣制は、かつてのサッチャー政権のように強いリーダーシップを発揮するトップを輩出するときもあり、またシリア危機のキャメロン政権の対策の時のように議会がリーダーシップを止めることもある。この本では、その矛盾する性格をもった議院内閣制の本質とは何なのか考察する。

ある仕組みの特徴を説明するためには、似ている仕組みと比較するのが分かりやすい。議院内閣制の場合、それは大統領制にあたる。米国のような大統領制の場合、国民がリーダーを直接選ぶ事になる。しかし議院内閣制の場合は、国民が議員を選び、議員が首相を選ぶ。選ばれる人は、選ぶ人の機嫌を取るという事を考えると、この違いは決定的である。大統領制の大統領は国民の方を向くが、議院内閣制の首相は議員の方向を向く。この仕組みのために、議院内閣制では、首相と有権者の距離が遠く感じてしまう。

 

 

エリート政治家への不信感からポピュリズム政党への変貌

議院内閣制が成り立ってきた理由というのは、議員への信頼、つまり政治エリートへの信頼があってこそだ。明日意見が変わる民衆の代わりに、議会が判断しなければならない、というのが議院内閣制の本質だが、それは政治エリートへの信頼があってこそで、その信頼が崩れたとき、議院内閣制も成り立たなくなる。

副題の「変貌する英国モデル」というのは、政治エリートへの信頼があった時代から、昨今のポピュリズムが台頭してきた時代への議院内閣制というシステムの変貌を意味している。

 

 

議院内閣制とマディソン主義

英国政治のモデルがどのように変貌しているかを見るために、この本でなされているのは、マディソン主義との比較である。マディソン主義とはジェームズ・マディソンというアメリカ建国の父の唱えた主義で、その著書「ザ・フィデラリスト」に詳しい。私の理解で言うと、マディソン主義というのは、システムにより権力を監視するという考え方である。これに対し、議院内閣制を採用する英国では、議会の制定法を拘束する憲法がない。

このように見方を変えると、イギリスの議院内閣制とアメリカ建国の基となった考え方であるマディソン主義は、同じ軸上の両端にある事が分かる。エリート政治家への信頼で成り立ってきた議院内閣制だが、その信頼がなくなった今、向かう先はマディソン主義であり、事実最近の法改正を見ると、マディソン主義へ近寄っていくようである。

 

 

感想

このようにイギリスの政治の変貌を見てきたわけだが、一政治素人の読者の視点からすると、「では日本はどうなんだ?」というのが気になる。選挙によって国民がエリート政治家を選出し、立法府を作る。その立法府の中から行政府を選出するという議院内閣制は、性善説に立っていると考えられる、選挙によって直接立法府と行政府のトップを選ぶが、保険としてシステムによって政治を監視しておくマディソン主義は、性悪説に立っていると考えられる。イギリスは移民国家と言えど、性悪説をとくキリスト教が多数の国。議院内閣制は性善説の仏教と相性がいい、日本の方が合っているのかもしれない。

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元シンガポール在住のエンジニア。趣味は旅行と、本を読むことと、走ることと、ヨガと、サーフィンと、音楽を聞くことと、カメラと。。。何かに依存せずに自分を持っている人を尊敬します。