問い詰められたパパとママの本

本から学ぶことは実に多い。小説やノンフィクションから学ぶ事もたくさんあるが、直接的に人生を教わる事ができるのが、エッセイだ。著者が何を見て何を感じたか、日常の追体験が出来るのがエッセイだ。。

僕の好きなエッセイストは何人かいるが、今一番自分の血肉となっている、別の言葉を使えば一番コアなところで影響を受けているのは、伊丹十三だと思う。伊丹十三は映画界の人なので、もちろん映画からも得るところが大きいが、生き方といった意味では、彼のエッセイから直接的に影響を受けていると思う。

新潮社から出ているヨーロッパ退屈日記、女たちよ、再び女たちよの3巻は必読だとして、今回は少し変わり種を紹介したい。問い詰められたパパとママの本だ。

 

 

この本を出そうとした幼いころの記憶

この本は、ヨーロッパ退屈日記、女たちよ、再び女たちよとはだいぶ毛色が異なる。

たぶん、著者自身のこのエピソードが、この本を書かせるきっかけとなったのではないか。

父は私にいったものです。

「ちょっとここへきてレールを見てごらん。二本のレールが真直ぐに伸びて、ずうっと向うのほうでは一つになってるだろ。ネ。レールはこっちへくるほどだんだん開いてる。ネ、そうだろ」

「うん」

「レールってのは真直ぐなものかい」

「うん、真直ぐだよ」

「だったらね、パッと振り向いてごらん。レールは反対側の方では遠くへ行くほど開いているから」

私はだまされて、何度も何度もパッと振り向きました。

 

この体験を他の父母にも共有させたくて、伊丹十三はこの本を書いたのだと思う。

 

 

書かれていること

この本に書かれていることは、実にシンプルなことだ。目次から拾ってみると、こんな感じだ。

 

  • 赤チャンハドコカラクルノ?
  • 空ハナゼ青イノ?
  • ウチワデアオグトドウシテ涼シイノ?
  • 天使ハドウシテハダカナノ?
  • ノリハドウシテクッツクノ?

 

いかがであろうか。すべてに答えられる人はいないんじゃないかと思う。

 

 

発散した趣味の収束場所

この本は大変有効な書である。それだけでなく、面白い。

ただ、なぜ伊丹十三がこのほんを書かなければならなかったのか。

この本を書こうとしたきっかけ。これは予想だけど、色々なものに興味を持って手を出していった著者が何かにまとめたくなってまとめたらこの形だったという事ではないか。

問い詰められたパパとママの本というタイトルの割に、パパママに対する示唆というよりも、伊丹十三らしいものの見方が目に付く。きっとこれは伊丹十三自身のために、自身で書いた本なのだと思う。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

ABOUTこの記事をかいた人

元シンガポール在住のエンジニア。趣味は旅行と、本を読むことと、走ることと、ヨガと、サーフィンと、音楽を聞くことと、カメラと。。。何かに依存せずに自分を持っている人を尊敬します。